「永観、おそし」 [ ┗京都のお寺]
永観堂 阿弥陀堂
wiki>慶長年間(17世紀初)頃の建築。本尊の「顧り(みかえり)阿弥陀」像(重文)を安置する。
阿弥陀堂の後は、臥龍廊を通って少し高い場所にある、開山堂や多宝塔を
wiki>慶長年間(17世紀初)頃の建築。本尊の「顧り(みかえり)阿弥陀」像(重文)を安置する。
「永観、 おそし」 HP> 伝説がある。東大寺開創供養の時、一老翁が捧げた阿弥陀像を宮中で祀りになっていたが、やがて東大寺に下賜された。(『東大寺要録』) この阿弥陀如来像は東大寺宝蔵に秘蔵されていたのだが、たまたま永観はその尊像を拝する機会があり、尊像の奥深いところから呼びかける声を聞いた。永観は衆生済度こそ、この仏の本願であり宝蔵にしまっておくのはもったいない、と嘆いた。これが白河法皇の耳に入り、永観が護持し、供養することとなった。後年、永観が東大寺別当職を辞して、尊像を背負って京に入る際、東大寺の僧がそれを取り戻そうと追いかけて京都の木幡まできたところ、尊像は永観の背に取り付いて離れず、僧たちはあきらめたと言い伝えられている。 永保2年(1082)、永観50歳のころである。2月15日払暁、永観は底冷えのするお堂で、ある時は正座し、ある時は阿弥陀像のまわりを念仏して行道していた。すると突然、須弥壇に安置してある阿弥陀像が壇を下りて永観を先導し行道をはじめられた。永観は驚き、呆然と立ちつくしたという。この時、阿弥陀は左肩越しに振り返り、 「永観、おそし」 と声をかけられた。永観はその尊く、慈悲深いお姿を後世に伝えたいと阿弥陀に願われ、阿弥陀如来像は今にその尊容を伝えると言われている。 |
御朱印 |
阿弥陀堂の後は、臥龍廊を通って少し高い場所にある、開山堂や多宝塔を
早速のご訪問アリガトウございます。
by Silvermac (2012-05-29 10:19)
>Silvermacさん
砂の美術館、姫路城楽しみにしてますよ
by Sazaby (2012-05-29 17:41)
背中から離れなかったり、突然動き出してダメ出ししたり、とってもユニークな阿弥陀さまですね。^^
振り返ったお姿は素晴らしいです。
by susumu (2012-05-29 19:51)
>susumuさん
思ったより小さかったですけど、
実物はとても素晴らしかったですよ(≧∇≦)b
by Sazaby (2012-05-29 21:44)