大安寺から4kmほど南へ
神仏霊場巡拝の道 18番 帯解寺(おびとけでら)へ HP

wiki>空海の師である勤操大徳によって開かれた巌渕千坊の一つであったという。長らく世継ぎに恵まれなかった文徳天皇后の染殿皇后(藤原明子)が当寺にて祈願をしたところ、惟仁親王(後の清和天皇)が生まれたことから、天安2年(858年)、文徳天皇の勅願により伽藍が建立され、勅命により帯解寺と名乗るようになったという。以来、安産・子授け祈願の寺として朝野を問わず篤い信仰を集めるようになった。