慈照寺 観音堂 国宝

wiki>銀閣は、足利義政の山荘東山殿に造営された観音殿の通称で、義政の祖父・3代将軍義満が建てた金閣と対比されて用いられる呼称である。

金閣飛雲閣とあわせて京の三閣と呼ばれる。1489年(延徳元年)に上棟されたことがわかっており、同年をさほど隔てない頃に完成したと思われる。



重層、宝形造、杮葺で、平面は長方形で正面8.2メートル、奥行7.0メートル。初層の「心空殿」は住宅風、上層の「潮音閣」は方3間(柱間の数が正面・側面とも3つ)の禅宗様(唐様)の仏堂で観音が安置されている。書院造につながる和風の住宅風意匠が取り込まれており、東山文化の代表的建築物である。


金閣になぞらえて慈照寺観音殿が銀閣と呼ばれるようになったのは江戸時代以降のことである。1658年(万治元年)に刊行された『洛陽名所集』などの文献に「銀閣寺」の名前が見られる。



金閣と通称される鹿苑寺舎利殿には金箔が貼り付けられているのに対し、銀閣と通称される慈照寺観音殿には外壁に黒漆は塗られているが銀箔は使用されていない。