世界遺産 勝連城跡(かつれんじょうあと)
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13世紀-14世紀に茂知附按司により築城されたという。この城の最後の城主が阿麻和利である。阿麻和利はクーデターを起こしてこの地方の按司となり、琉球の統一を目論んだが1458年に琉球王府によって滅ぼされた。
城内からは中国、元代の陶磁器(染付)が出土しており、『おもろさうし』からも当時の繁栄をみることができる。
城壁の石は道路工事の石材などとして持ち去られたが、現在は復元工事により往時の姿を取り戻しつつある。入口は四の郭にあって一番低い場所にあります。(
中間の内)
四の郭の南東側に五の郭のある
南城(ヘーグシク)
まだ未整備のようですな。
反対側に主郭の一から三の郭のある
北城(ニシグシク)
ウタミシガー井戸の様なんですが、それが固有名詞なのか井戸を指す言葉なのか┐(´д`)┌