伏見稲荷大社 ~本殿 [ ┗京都 楽土の道]
"そうだ" というよりは "またか" 感が強いけども
3/16 8:20 再び京都
神仏霊場巡拝の道 123番 伏見稲荷大社へ HP
楼門
HP>この建物は天正17年(1589年)豊臣秀吉の造営とされてきました。
秀吉の母大政所殿の病悩平癒祈願が成就すれば一万石奉加する、と記したいわゆる“命乞いの願文”が伝来しています。
しかし造営伝承と伝来文書との整合性については多少の疑問がありました。
ところが昭和48年に楼門の解体修理が行われたところ、願文の年次と同じ「天正17年」の墨書が発見され、伝承の正しかったことが確認されました。
拝殿
本殿 重文
wiki>応仁2年(1468)の兵火により、境内の殿舎堂塔の全てが焼亡し、やがて仮殿の復興があったようですが、その後に諸国へ勧進が行われようやく明応8年(1499)に竣工を見ました。
wiki>祭神は以下の5柱。これらの神々は稲荷大神の広大な神徳の神名化としている
主祭神
宇迦之御魂大神
配神
佐田彦大神
大宮能売大神
田中大神
四大神
稲荷神が農業の神であるために、五穀豊穰・商売繁盛・交通安全といったご利益があるとされる。
御朱印
さらに奥へと
3/16 8:20 再び京都
神仏霊場巡拝の道 123番 伏見稲荷大社へ HP
wiki>伏見稲荷大社は京都市伏見区にある神社。旧称は稲荷神社。式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。 全国に約4万社ある稲荷神社の総本社である。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める |
楼門
HP>この建物は天正17年(1589年)豊臣秀吉の造営とされてきました。
秀吉の母大政所殿の病悩平癒祈願が成就すれば一万石奉加する、と記したいわゆる“命乞いの願文”が伝来しています。
しかし造営伝承と伝来文書との整合性については多少の疑問がありました。
ところが昭和48年に楼門の解体修理が行われたところ、願文の年次と同じ「天正17年」の墨書が発見され、伝承の正しかったことが確認されました。
拝殿
本殿 重文
wiki>応仁2年(1468)の兵火により、境内の殿舎堂塔の全てが焼亡し、やがて仮殿の復興があったようですが、その後に諸国へ勧進が行われようやく明応8年(1499)に竣工を見ました。
wiki>祭神は以下の5柱。これらの神々は稲荷大神の広大な神徳の神名化としている
主祭神
宇迦之御魂大神
配神
佐田彦大神
大宮能売大神
田中大神
四大神
稲荷神が農業の神であるために、五穀豊穰・商売繁盛・交通安全といったご利益があるとされる。
御朱印
さらに奥へと
伏見稲荷の千本鳥居は圧巻ですね。^^
by susumu (2012-07-13 05:47)
やはり伏見稲荷は圧巻ですね!
お狐さまも色々な感じで見ていて飽きないですね(^O^)/
by アルマ (2012-07-13 05:57)
>susumuさん
今回はさらに奥へと向かいますよ^^
>アルマさん
勇ましいのからかわいらしいのまでいろいろです^^
by Sazaby (2012-07-13 08:33)
お早うございます。
一枚目の赤い鳥居を背景に記念写真を撮りました。あの頃は若かった !! (;゜ロ゜)
by yakko (2012-07-13 09:14)
>yakkoさん おはようございます。
みなさん記念撮影されてました^^
by Sazaby (2012-07-13 09:49)
うちの娘、修学旅行でここに行ったようです。
by 袋田の住職 (2012-07-13 20:27)
>袋田の住職さん
自分も修学旅行で来ましたよ^^
遠い昔の話ですが…(笑)
by Sazaby (2012-07-13 21:26)